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三度の飯と本が好き

今さらながら、2017年前半で読んでよかった本まとめ

 気づいたら8月もほとんど終わり。ということで、今さらだけど2017年前半に読んだ本で特に好きなものをまとめる。ランキングというわけではないので読んだ順。ちなみに今回は、ほとんどが小説だった。ネタバレは無しですが、話の展開には多少触れるので気になる人は注意してください。

恩田陸蜜蜂と遠雷

蜜蜂と遠雷

蜜蜂と遠雷

 

  2017年の初読み作品で、ピアノコンクールを舞台とした青春群像小説。直木賞本屋大賞をダブル受賞したことでかなり話題になっている。
 とにかく長くて読みごたえもあったし、今まで読んだ音楽を題材とした作品の中でいちばんぐっときた。個人的な印象だけど、音楽家 (とか音高生・音大生)っていうのは神聖視、とまではいかなくても特別視されがちで、そのせいなのか、音楽を扱った物語にはピンとこないものが多い。あまりにもファンタジー的というかなんというか…でもこの作品からはそういう印象は受けなかった。もちろん神から愛されたとしかいいようのない「天才」たちがメインではあるけど、それだけで終わっていないところが良い。何より、主要登場人物が全員、形はちがえど音楽を愛し音楽に愛されていることが伝わってくる。
 音楽のすばらしさは言葉で表せないとはよくいわれるけど、言葉によって想像された音楽のすばらしさを実際の音で表すこともできないのかもしれない。あまりにも音楽の描写が美しいものだから、ふとそんなことを思ってしまった。

幸田文『台所のおと』

台所のおと (講談社文庫)

台所のおと (講談社文庫)

 

  全10編を収録した短編集。読みはじめてすぐに、庖丁によって結びついている男女をえがく表題作にしびれた。夫婦という以上に互いが互いの分身である二人が、相手を失う/のこしていってしまう、というのがどうしようもなくつらい。でもそれ以上に、二人が今までほかの人ではありえないような濃い時間を、料理というものを仲立ちに過ごしてきたという事実がいとおしくてならない。悲しいはずなのにあふれんばかりの幸せを感じてしまうのはそのせいだろうか。
 ほかに印象に残っているのは「食欲」で、主人公の沙生が病気でむざんな姿、情けない姿を見せた夫に対しこう思うところが好き。

自分は、強くて弱くて一しょう懸命で無垢で幼いものが好きだった。ベッドの鉄枠につかまったみじめな姿は、そこへつながっていた。みじめは弱さにも強さにも無垢な一しょう懸命にも通じるのだ。
(p. 131)

 みじめなものを見て気に入り、情ないものを見て優しくなるのだなと思う。自分は気むずかしいばかりでなくて、いやなやつなのかなあと思う。
(p.146)

作中で沙生はこの夫のわがままに散々振り回されるのだが、ふとした瞬間に弱さや幼さを感じてこんな風にほだされてしまう。なんとなくわかる気もする。「みじめさ」を一度見せられて惹かれてしまったが最後、もう戻れないんだよな。
 10編とも、どれもしみじみと心に残るものばかりだった。月並みな問いではあるけど、愛って一体なんなんだろう。

朝比奈あすか『憧れの女の子』

憧れの女の子 (双葉文庫)

憧れの女の子 (双葉文庫)

 

  こちらも短編集。表題作である「憧れの女の子」、「ある男女をとりまく風景」、「弟の婚約者」「リボン」「わたくしたちの境目は」が収録されている。
 この中で特に強く印象に残った短編があるのだけど、詳しく書いてしまうとこれから読む人にとって魅力が半減してしまうので触れないでおく。この作者の小説はこれと、あともうひとつ『少女は花の肌をむく』しか読んでいないけど、なかなかえぐってくる作家だと思う。「男女観」とか「固定観念」とかが大きなテーマなのかな。自分が思ってたより常識に縛られた人間だったということに気付かされる。

パウロ・コエーリョ『ベロニカは死ぬことにした』

ベロニカは死ぬことにした (角川文庫)

ベロニカは死ぬことにした (角川文庫)

 

  ブラジルの小説家であるパウロ・コエーリョの作品。主人公・ベロニカはすべてに恵まれていたにもかかわらず服薬自殺を図り、一命をとりとめたのちに薬物の後遺症から余命幾ばくも無いと告げられる。物語は、残りわずかの人生を精神病院の中で過ごすことになった彼女が、「狂人」たちとの生活の中どのように変わっていくのかを描いている。
 狂気とは何か。「普通の人」は「普通のこと」に合わせようとしていて、そこから外れてしまうと「狂人」になってしまうのか。じゃあ「普通」ってなんなんだ?…ぐるぐると考えさせられる。死を近くに感じることで生きる喜びを知ったベロニカ。そしてそんな彼女の姿に感化されて人生を見つめなおす者たち。淡々と描かれつつも、深い感動を与えてくれる作品だった。たぶん、本当に自分らしく生きていくということは、ある意味では狂ったことなのだろうなあ。

村田沙耶香『タダイマトビラ』

タダイマトビラ

タダイマトビラ

 

  「家族」をテーマにした作品。子どもを愛せない母親のもとで育った少女が、「理想の家族」を求めてたどり着いたその先は――などというと、こう、いい話風に見えるが、全然そんなことはない。なんてったって村田沙耶香だから。
 うっわぁなんだこれ、なんだこのすごい作品、と思った。とにかくものすごかった。主人公の家族というものに対する考え方 (カゾクヨナニーとはよく言ったものだ) にうなずきながら読み進めていたら、最後とんでもないところに連れてこられたという感じ。主人公が狂った、というのは簡単だけど、もしかすると私たちが世界に狂わされているのかもしれない…とか思ってしまうほど、半端ないパワーを持った作品だった。村田沙耶香怖いよ…。
 とはいえ、みんなが「家族を演じてる」、言いかえれば人生を演じてる、っていうのは自分でも普段なんとなく考えていることだったから、衝撃を感じつつもどこかほっと安心してしまうような部分があった。そう考えてるのは自分だけじゃないんだな、という安心感というか。前の記事でも少し書いたけど、そこがこの作者のすごいところだと思う。でもやっぱり村田沙耶香、怖いよ。

石田ゆうすけ『洗面器でヤギごはん』

洗面器でヤギごはん (幻冬舎文庫)

洗面器でヤギごはん (幻冬舎文庫)

 

  自転車で世界一周を果たした著者が、旅の中での「食と人」との出会いを中心につづったエッセイ。
 旅エッセイや食エッセイを読むのは大好きで、いつも読み終わった後「ここ行きたい!」とか「これ食べたい!」となるのだけど、これは少しちがった。ただもうひたすら、すごーい…としか思えないようなことの連続である。この中で書かれている色々な人たちや、食べもののことを知ると、何にかは知らないが「負けた…」と感じてしまう。食べること、生きることがこんなにも力強くて切実であると、私は身をもって知ったことがない。だから、敵わないなあと思い知らされるのだ。

 

  以上6冊が、2017年1月~6月に読んで、むっちゃ良い!と思った本たちである。最初にランキングではないといったけど、もし一番を選ぶとしたら『タダイマトビラ』かな。いろんな意味で…。ちなみに数えてみたら、この半年間で読んだ本はぜんぶで118冊だった。 (ちょうど暇な時期だったので、たくさん読めた)
 基本的にはジャンルを問わず読んでいるので、中にはなんでこんなもの…と思ってしまったり自分には合わなかったりという作品もたくさんある。というか、そういうものの方が多いくらいだ。それでも読書をやめられないのは、何十冊かの中に一冊だけでも、自分にとって素晴らしい作品が必ずあるからだと思う。そして、何百冊かの中に一冊、自分にとってかけがえのない作品にめぐりあえるからだと思う。
 だから私は今日も本を読みつづける。最近ビビッときたのは多和田葉子『百年の散歩』。ああ、価値観を根底からひっくり返してくれるような本がもっともっと読みたいなあ。自分一人で選んでいるとどうしても偏りがちなので、オススメがあったらぜひ教えてほしい。